娘のところに子供が産まれて、相談に乗ることが多くなりました。
自分が子育てをしていた頃のことを思い出して話をするのですが、やはり以前とは違います。
というより、随分前のことになるので、忘れていることもあります。
離乳食ってどうしてた?と聞かれても、「お粥を食べていた」と答えるのみ。
そうそう、炊飯器で大人のご飯を炊くついでに、湯呑み茶碗に一掴みの米と水を入れて、お粥を作っていましたっけ。
少し大きくなると、おじや風、雑炊風にしていました。
おかずは、大人の野菜を味付けの前に取り出し、それを潰してやっていた感じです。魚を茹でで、茹で汁でのばしたものを、子供は好んで食べていましたが。
でも娘は、すりつぶさなくてはいけないとか、それらを冷凍して1週間の間に消費しないといけない、とか言います。
なるほど。
一回ずつ作っていると面倒なので、多めに作ってキューブのように凍らしておくと便利です。それをチンと電子レンジで解凍し、温めれば良いのです。
離乳食初期は、ドロドロですから、すりつぶしたものでないといけませんから、私のように大胆に、大人の食事の調理途中から引きあげて作るのは冒険すぎます。
ただ、中期、後期になったら、大人のものをうまく使えばいいのではないかと思います。
作るのも大変ですが、食べる、食べない、食べすぎるという問題が出てくるのも悩みの種です。
さいわいなことに、この辺は米どころです。普通にご飯を炊くだけで、ご飯はとても美味しい。ですから、お粥さんも、普通に炊くだけで美味しいのです。
だから、お粥は、よく食べてくれたようです。
赤ちゃんの癖というか個性もあるので、お粥さんをよく食べるか食べないかは、それにもよります。
でもまあ、お粥さんは問題がなかったようです。
野菜も一種類ずつ挑戦していき、豆腐や納豆、魚、肉と少しずつ食べるものを増やしていきました。
これもありがたいことに、アレルギーもない様子でしたが、それでも、今日は食べた、今日はあまり食べなかったと色々あったようです。
作るのも面倒ですが、食べさせるもの時間がかかって面倒です。
いや、喜んで食べてくれる姿は親として嬉しく、どんどん食べてほしいのですが、その一方、食べ過ぎではと心配になります。
また、何か急に食べなくなると、何があったのだろうと心配になります。
娘がその都度、心配事を言って来ます。その気持ちわかる、と思いながら、私ができるのは、話を聞くことだけです。
まあ、こうやって話を聞くのが、いま、私が出来ることなのかもしれません。
悩める離乳食。解決は、お家の方の話を聞く人がいるということが、一番なのかもしれない、と思って、よろず相談にかかっているこの頃です。